Research.01

独自の分子理論の開発

薬剤の作用やさまざまな化学反応のメカニズムを原子・分子レベルで理解することは、新しい薬剤や材料を開発するためのヒントになります。 今日まで、多様な実験手法が開発されていますが、複雑な分子の状態を調べたり、化学反応を詳細に追ったりすることは依然として困難です。 そのため、実験に代わるものとして、分子理論計算によって物質の性質や機能を原子・分子レベルで予測できる理論分子科学が切望されています。 近年、理論分子科学は分子理論の進歩とコンピュータの発達により飛躍的に発展してきました。しかしながら、実用化にはいまだ不十分な面があります。 そこで、我々は、大規模な複雑分子をさまざまな条件下で高精度に扱うための分子理論と計算手法を開発し、最新の理論分子科学を実現することを 目指しています。この目的を達成するために、私たちはこれまでにいくつかの計算方法を開発してきました。 例えば、従来の計算方法が抱えていた、分子が大きくなると計算量が飛躍的に増えるという大きな問題を解決する方法、 分子シミュレーションの計算精度を向上させる方法、金属原子などの重い原子を含む分子の性質を高精度に計算する方法など、 様々な方法が考えられます。

Research.02

量子化学ソフトウェア NTChem

量子化学ソフトウェアは、物質科学や生物学の研究において非常に有用なツールです。しかしながら、欧米では様々なプログラムが開発されているにもかかわらず、 日本では遅れているのが現状であり、国内で開発されたプログラムはごくわずかです。私たちの研究チームの使命は、「富岳」のユーザーに高性能な量子分子シミュレーション用ソフトウェアを提供することです。 「富岳」プロジェクトの前身となる「京」プロジェクトの初期段階では、「京」上で汎用的かつ超並列的に計算できる量子化学ソフトウェアはありませんでした。 というのも、すべてのプログラムが「京」コンピュータでの使用を前提に設計されているわけではないからです。 そこで私たちは、新しい総合的な第一原理量子化学ソフトウェアであるNTChemを独自にに開発することとしました。 NTChemは、標準的な量子化学的アプローチだけでなく、私たちが新たに開発、あるいは改良した理論的手法を実装した、 まったく新しいソフトウェアです。最新のバージョンであるNTChem2013では以下に示す計算手法が実装されています。

  1. ハートリーフォック(HF)法や密度汎関数理論(DFT)法に基づく、原子や分子の基底状態の電子構造計算。
  2. リニアスケーリングまたはロースケーリングDFT。ガウシアンおよび有限要素クーロン(GFC)、Resolution of Identity(RI)DFT、擬スペクトルDFT/HF、Dual-level DFT。
  3. 対角化不要のアプローチによるロースケーリングSCF計算:purification density matrix、擬似対角化、二次収束SCF。
  4. 励起状態のDFT計算:時間依存DFT(TDDFT)と遷移ポテンシャル(DFT-TP)。
  5. 基底状態と励起状態の正確な電子相関法。Møller-Plesset摂動論、CC(Coupled-Cluster)理論、QMC(Quantum Monte Carlo)法などがある。
  6. 「京」やインテル系アーキテクチャーによる超並列計算。HF法、DFT法、RI-MP2(resolution-ofthe-identity second-order Møller-Plesset)法、QMC法。
  7. スピン軌道(SO)相互作用を考慮した2成分相対論的電子構造計算。Douglas-Kroll(DK1、DK2、DK3)、ゼロ次・無限次Regular近似(ZORA、IORA)、Relativistic scheme for Eliminating Small Components(RESC)など。
  8. 大規模な分子システムのモデル計算:量子力学/分子力学(QM/MM)および独自のN層統合分子軌道・分子力学(ONIOM)。
  9. 溶媒効果の計算。COnductor-like Screening MOdel (COSMO) (HONDOプログラムとのインターフェイス)、平均化溶媒静電ポテンシャル/分子動力学 (ASEP/MD)、QM/MM-MD。
  10. 化学反応経路の効率的な計算
  11. 第一原理分子動力学計算。
  12. 磁気特性の計算:核磁気共鳴(NMR)の化学シフト、磁化率、電子常磁性共鳴(EPR)のgテンソルなど。
  13. ポピュレーション解析。マリケンおよび自然結合軌道(NBO)解析(NBO 6.0とのインターフェイス)。
  14. 軌道相互作用解析:maximally interacting orbital(MIO)法 と paired interacting orbital(PIO)法。